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名もない野良猫 -智恵光院物語-

September 24, 2019

私は何年も中立売通智恵光院のスーパーの近くに住んでいる野良猫。

 

十か月ほど前、近所のハイツに関東地方から引っ越してきた御仁がいると聞いた。とにかく重症であるが、「死ぬなら京都が一番いい」という事で京都に来なさったそうな。何とも変わったお人だとご近所では評判になったと聞く。私も興味があって6階602号室にある御仁の部屋の周りを徘徊していた。目指す部屋の前にはいつも車椅子が置いてあるのですぐに分かる。初めのころは昔取った杵柄と自分で料理などされ、余ったものをお相伴に預かったりしたものである。 

 

時々お姉さんらしき人が現れお世話をされている様であったが、私にはただただ御仁の大きな声しか聞こえず、お家の中で何が起こっているのか心配になるほどであった。あまりに大きな声なので私はその場を離れ仲良くしてもらっている隣人のところへ避難する。隣の主は祇園でバーを経営されているママさんである。景気が良いのか四条近辺のマンションを買って近々引っ越しされるとの事である。

 

さてさて602号室の御仁であるが、今日は朝から異様にテンションが高い。何やら「死の準備教育」という名の講演会を午後からする日だという。埼玉県から多くの親戚縁者がみえる様だ。だんだんと体が不自由となりほぼ寝たきりの生活であるが、出入りの人たちは「間質性肺炎で予後がゼロなのに何で生きてられるのか不思議だ」と言っておられた。だが今を生きる彼を支えているのは「死の準備教育」の普及啓発の講演活動らしい。私にとってはちんぷんかんぷん、何のことかよく分からない。

正に猫に小判である。ただ言いたいことは「長生きしたって良い事なんか何もない、寿命の8割でいいんだよ」とか、「死を悲しむ前に『幸福な死』、『満足な死』を考えてみよう

」そして「死は不幸でも敗北でもない」ということらしい。元気なうちに品格のある終末を用意する事など自身の死を受け入れる準備をするため日々格闘されているのだ。猫の世界も高齢化してきているが、私には死の概念がないので何故人間様が死をそんなに恐れるのか分からない。

 

ということで講演会を終えて夕方に帰宅した御仁はぐったりと疲れ果てていた。私はこれ以上邪魔をしないで今日のところは私のテリトリーの見回りに出かけることにした。野良猫には野良猫の日々の暮らしがあって領地の保全と食料の確保は死活問題である。幸いスーパーのお惣菜の余りを優しい店員さんからいただいたりする。このあたりの野良は裕福な方である。今夜も唐揚げや刺身の残りを貰って満腹である。あとはねぐらに帰って寝るだけである。

 

3月20日、何やら朝から騒がしい。御仁の意識がないらしい。医師や看護師が来て手を尽くし何とか返事が出来るようになった。しかし血圧は60~70台、酸素飽和度も70~80%台で残された時間はもう1~2日と言われたそうな。埼玉のお姉さんや姪御さんも呼ばれたそうな。末期の水をあげるために多くの人が駆けつけて来た。そして3月22日午前8時28分大好きな看護師さんや姉さんに看取られ息を引き取った。安らかな苦しみのない最期だったと聞いた。

602号室に行く楽しみが無くなり寂しい限りである。

 

     ―追悼 ある一人の患者様へ捧ぐ―   

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